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雪氷生物群集と氷河の融解

概要

一見すると無生物的に見える雪や氷の上には、寒冷な環境に特化した雪氷微生物と呼ばれる微生物が多様な群集構造を形成しています。氷河上では、これら微生物が互いに集合し、土壌のような黒色の物質を形成することで、真っ白な氷の表面を一面黒く変化させ、暗色化した氷河の表面は太陽放射を効率よく吸収し、氷河の融解が劇的に促進される事が明らかとなってきました。この現象は、気温の上昇に伴い世界各地の山岳氷河や北極・グリーンランド氷床などで確認され始め、特にグリーンランドでは、微生物の増殖による黒色地域が近年増加している傾向にあり、海面上昇等の環境へのインパクトは非常に大きいと推測され、その分布に注目が集まり始めています。


グリーンランドでの研究(論文はこちら)

グリーンランド氷床は、南極氷床に次ぐ世界で二番目に大きい氷の塊です。この氷床は近年、融解による氷の減少が顕著になり、海水面の上昇などに影響を与えることが危惧されています。この原因の一つには、氷床の表面が黒っぽくなり(暗色化)、太陽光の反射率が低下することで引き起こされる表面融解があります。暗色化は、氷床外から飛ばされてくるススや鉱物などの影響以上に、赤茶色の色素を持った微生物や「クリオコナイト粒」と呼ばれる微生物の黒い塊が増えることによって起こります。クリオコナイト粒は、色素を持った微生物よりも効率よく氷河を融かすことがわかってきているので、粒を構成する微生物の種類や、増加を促進する要因が、暗色化を理解するためには重要なのですが、これまでよく分かっていませんでした。


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クリオコナイト粒とは?

 クリオコナイト粒(cryoconite granules)とは、氷河上に生息する好冷性の微生物と細かい鉱物が集まったできた直径1mmほどの小さな粒です。おもにユレモ科に属する糸状性のシアノバクテリアが毛糸玉のように絡まり合って骨格ができ、これらが粘着性の物質を作り、その中に他の微生物や鉱物を取り込んでいます。クリオコナイト粒は微生物の分解によって作られる腐食物質で黒っぽい色をしているため、氷河上で増えると太陽光の吸収が高まり、氷河の融解を促進します。

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鉱物粒子がクリオコナイト粒を増やす?
私たちは、衛星写真から暗色化の進行が確認されている、グリーンランド北西部にあるカナック氷河を訪問し、クリオコナイト粒を採取して、顕微鏡観察、DNA分析、栄養塩の分析など様々な分析手法を複合的にとりいれ、その生態に迫りました。氷河上の標高の異なる5地点で分析をしたところ、氷河の中流域でクリオコナイト粒が顕著に発達し、粒の骨格をつくる糸状のシアノバクテリアの量も特に多くなっていました。クリオコナイト粒の増加に関連すると考えられる標高や傾斜、氷中の栄養塩濃度、鉱物の量や組成などの環境要因のうち、鉱物の量だけが、シアノバクテリアの分布とよく関連していました。このことから、鉱物の供給が特に多い場所でシアノバクテリアがよく増殖し、粒が形成されやすくなっていることが明らかとなりました。クリオコナイト粒に生息するバクテリアの16SリボソームRNA遺伝子を分析したところ、粒を構成する糸状のシアノバクテリアの大部分が、南極湖沼からも報告されているPhormidesmis priestleyiの1種類のみであることがわかりました。また、P. priestleyiの増殖で粒の直径が大きく(250μm以上)なると、急激にその他の微生物の種構成が変化し、種の多様性や生物量が大きくなることも明らかとなりました。

今後の展開

 クリオコナイト粒の培養実験の結果、クリオコナイト粒内の物質循環はシアノバクテリアによる光合成がおこらないと、ほとんどストップしてしまうことが示されています。このことは本研究サイトにおいて、たった1種類の糸状性シアノバクテリア:Phormidesmis priestleyiの増殖が氷河上の微生物生態系をコントロールしていることを意味し、その結果として氷河の融解を促進させていることになります。現地の鉱物を添加した培養実験では、鉱物を加えたサンプルの増殖が顕著に促進されていることから、本研究で示されたシアノバクテリアの増殖と鉱物粒子の関係性が支持されています。今後は、鉱物粒子の何がシアノバクテリアにとって重要であるかを突き詰めていく予定です。


フィールド

モンゴル、アラスカ、北極


関連した成果

クリオコナイト粒の形成過程によるバクテリア叢の変化:粒をサイズ分けして成長段階によるバクテリアの構成を比較

クリオコナイト粒のバクテリア叢の空間分布:グリーンランド北西の様々な氷河で群集構造を比較

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